「ロマ 3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。」
義人はいないのです。イエス様は私達を律法の契約から贖い出すために十字架に掛り私達の身代わりに呪われた者となって下さいました。このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって私たち異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
私達クリスチャンはイエス様の十字架の贖いによって神の前に義と認められました。これは、イエス・キリストを救い主として信じる信仰によってです。私達クリスチャンは、神の前に義と認められていると言う事になっていますが私自身、神の前に全ての面で理にかなった正しい人では、有りません。神の前に全ての面で理にかなった正しい人とは、神がその人の内に罪を認めない人の事です。信仰に入る時私達は、罪を悔い改めイエス様に罪を赦していただき、神の前に義と認めて頂きますが、しかし、その後罪を犯します。この罪によって私達は、義人では、無くなります。なぜなら、私達の内に罪が認められる様になったからです。しかし、神様は、悔い改めによって私達の罪を赦して再び義人としてくださいます。罪を犯さない者となる事が一番いい事ですが人間的には、なかなか難しいと思いますが。神様は、約束の聖霊を与えて、心に義の炎を燃やし義人になりたいと言う願いを聖霊の新生と更新によって日々教えられ、訓練されて神様の願うものへと変えられて行く事を学びました。
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