• 阿部陽二

今週のメッセージを通して神様が教えて下さった事無題のブログ記事


【聖書箇所】 へブル人への手紙9章 1節~8節 

ヘブル9:1 初めの契約にも礼拝の規定と地上の聖所とがありました。

9:2 幕屋が設けられ、その前部の所には、燭台と机と供えのパンがありました。聖所と呼ばれる所です。

9:3 また、第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋が設けられ、

9:4 そこには金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナの入った金のつぼ、芽を出したアロンの杖、契約の二つの板がありました。

9:5 また、箱の上には、贖罪蓋を翼でおおっている栄光のケルビムがありました。しかしこれらについては、今いちいち述べることができません。

9:6 さて、これらの物が以上のように整えられた上で、前の幕屋には、祭司たちがいつも入って礼拝を行うのですが、

9:7 第二の幕屋には、大祭司だけが年に一度だけ入ります。そのとき、血を携えずに入るようなことはありません。その血は、自分のために、また、民が知らずに犯した罪のためにささげるものです。

9:8 これによって聖霊は次のことを示しておられます。すなわち、前の幕屋が存続しているかぎり、まことの聖所への道は、まだ明らかにされていないということです。

【抜粋】

1節の「初めの契約」とは、どの様な契約の事でしょうか?聖書には、古い契約と新しい契約2つの契約があります。古い契約を旧約と呼び新しい契約を新約と言います。ここで言う初めの契約とは、旧約の事です。旧約とはモーセがシナイ山で神と結んだシナイ契約の事です。神の文字による十の言葉を石の板に刻んだ律法を中心に、宗教的、祭儀的、戒律を含む神との契約です。この契約の中に、礼拝の規定と地上の聖所の規定が含まれていました。このシナイ契約は、イスラエルの民の反逆によって破られ、祝福ではなく、呪いをもたらす結果となりました。シナイ契約、それ自体は救いを完結する事は出来ませんでしたが、新しい契約の土台として、また、罪の自覚をもたらすためには有益でありました。 

人は、律法が、なければ罪を自覚する事は、出来ません。殺してはいけませんと、教えられて初めて殺す事は悪い事と思うのです。盗んではいけないと言われて初めて、盗むことは悪い事と思うのです。法律の規定が無ければ罪が分かりません。殺人罪、人を殺す事は罪である。と規定されて初めて殺す事は悪い事と思うのです。車で時速50kmで走行していたとします。そんな時違反をしているかどうかは、分かりません。速度制限が40kmか60kmかで変わります。40kmなら違反ですが60㎞なら違反ではありません。この様に罪に関しては、律法の規定が必要でした。

2節から7節まではモーセがシナイ山で神と交わしたシナイ契約の中の初めの幕屋の規定が書かれています。地上の聖所として幕屋が建てられました。この幕屋には、聖所と至聖所とがあり大きな垂れ幕で仕切られています。至聖所には金の香壇と、全面を金でおおわれた契約の箱があり、箱の中には、マナの入った金のつぼ、芽を出したアロンの杖、十の言葉が書かれた契約の二つの板がありました。聖所には、大祭司と祭司だけが入れ、至聖所には、年に一度贖いの日に大祭司だけが、いけにえの血を携えて入る事が出来ました。初めの契約の時代は年に一度大祭司だけが神と交わることが出来ました。また、交わるためにはいけにえの血を携えて行かなければなりませんでした。

イエス様は「わたしの血による新しい契約です。」と言っています。これは、イエス様が十字架で流された血による新しい契約を意味しています。イエス様は、私達の罪を赦し神と和解させる為に、私達の罪を身にまとい十字架に自分から掛かって死んで下さいました。死んだだけではなく黄泉に下り死と戦い死に打ち勝ち3日目に蘇られました。復活されて弟子達と40日間一緒に過ごし、天の父の元に戻られました。全ての事は、イエス様が完了されました。私達はただ、イエス・キリストを神の御子と信じるだけで、罪赦され永遠の命を得て地獄へ行くはずだった私達が命の書に名が記されて、天国に入る事が出来る事はなんと素晴らしい神の恵みでしょうか。 神に感謝します。

新しい契約によって、命が救われる証印として、御霊なる聖霊が与えられます。

新しい契約に仕える者は御霊に仕える者です。御霊に仕える者とは、自分の内に聖霊が宿っています。新しい契約では自分の体が神の聖所であり、神の幕屋であり、神の宮なのです。新しい至聖所には隔ての垂れ幕もなく、律法の文字が書かれた石の板も存在しません。イエス様は十字架の贖いによって神様との隔ての垂れ幕を完全に取り除いて下さいました。それによって私達はいつでもどこでも、神様と交わることが出来る様になりました。また、律法の文字が書かれた石の板の代わりに、聖霊の示しによって律法が示されます。

8節には「聖霊は次のことを示しておられます。すなわち、前の幕屋が存続しているかぎり、まことの聖所への道は、まだ明らかにされていないということです。」

前の幕屋とは、初めの契約の時の教えであり律法です。まことの聖所とは、聖霊を宿した神の宮であるクリスチャン自身の事です。前の幕屋はキリストの十字架によって完全に崩れ去りました。

イエス様は私達を贖う為に、死をもって仲介者となられました。その目的は、「召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。」私達が新しい契約者と永遠の命と天の御国を相続する事の約束を受けることができるためと言う事ですね。ここに、新しい契約の恵みがあります。私達は新しい契約の契約者として、自分の体が神の幕屋であり、神の聖所であり、神の宮である事を自覚して聖霊の示しに従って歩む信仰生活を選び取って行く事を学びました。

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